◀︎ 目次へ戻る

平均少女

カルテを見つめる少女。夜に紛れるほどの黒髪は首の付け根の位置を示すように、地面と平行に切り揃えらている。髪と同じ色の瞳は、一文字一文字を吸い上げ、情報を正しく理解していた。
 彼女の座る側から布特有の皺が伸びているが、それが唯一の汚れと言えるほどに彼女の周囲は完璧に整頓され過ぎていた。ベッドの他にあるものは床である、壁である、窓であり、天井である。
 窓から入り込む風は、遮光カーテンを揺らすがそれに気に留めるものはいない。彼女が瞬きをすると、宙に浮いた電子カルテは模様を変える。浮かび上がった2種の数字を脳内で変換し、意味を定義する。

 「直接インストールの方が効率的では」
 「それでは再現にならない」
 「ならば、旧式の文字を扱うべきです」
 「正確さにおいてこの2種に勝るものはない」
 「変換時の誤差を考慮すると」

 カルテに目を通す彼女の横で、再現補助係は提案をし始める。繰り返された議論の終点は決まりきっているというのだが、考慮が発生するほどに仕様は不完全だったからだ。
 部屋が黄色に染まる。再現補助係がカルテを見ると二ページ目で止まっていたのだ。すぐさまに再現補助係がタスクを停止すれば、部屋の色は白へと戻さた。

 「私の利き手は右なんだね」

 再現補助係の再起動が終わった後、カルテを見て黒髪の少女は尋ねる。
 返答までの時間は彼女の瞬きとほぼ同時だった。

 「あなたのモデルは右利きが多く、左利きは強制的に直されたという記録もあります。また、その際のストレスが原因で心身に不調をきたすこともあったそうです」
 「私の身長は158」
 「極東の島国の平均身長を参考にしています。時代によっても異なりますが」
 
 彼女と再現補助係の質問は滞りなく続いた。その質問は再現補助係が全て答えることができた。
 何せこのやりとりはもう何百回と行われているからだ。

 「他に、質問はありませんか」
 「はい、ありません」
 「なんでも構わないのですよ、質問の形になっていなくても。質問でなくとも」

 少女は初めてカルテから顔を上げる。
 彼女の数メートル奥にある窓からは、無機質な暖色が絶え間なく流れ込んでいた。
 24℃に設定された空気が遮光カーテンを揺らしていた。

 「なぜ、窓を開けているの? 空調があるのに」
 「地上に有毒ガスが蔓延していない頃は、このようにして換気を行っていたとされるからです」
 「蔓延していなくても、空気は汚れていたのに」
 「旧世代にとって、多少の汚れは許容すべき損失でしたから」
 「損失ではあるんだ」
 「はい」

 少女が捻り出した質問にも、答えはあった。
 沈黙の後に、カルテが取り上げられる。
 暖色は彼女の髪と同じ色へと移り変わり、空気に睡眠導入ガスが仕込まれ始めた。
 抗いようのない終わりに彼女は、ベッドの中に潜り込む。
 そうして見る彼女の夢は、いつだって色褪せていて、論理的に破綻させられていた。