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さよなら、私の時間

私は髪を切る瞬間が好きだ。
 ただ切るだけじゃない。何年も伸ばしてきた髪をバッサリ切るのが好きなんだ。

 ブラシを髪に通して、手櫛で指通りを確かめる。引っ掛かりがなくなったのなら、また少し位置を変えて通して。そうしている間に、貴重な朝の時間が消えていく。鏡に映り込む姿が幾分かマシになると、今度は櫛を通して引っ掛かりが無いか入念に確かめる。
ヘアアイロンをして、オイルをつけて。
そうやって手間をかけた後の自分は、まともな人間になれた気がする。だから、面倒だがこの朝の時間が苦痛とまでは思わなかった、はずだ。

ハサミが髪を断つ音がする。鏡を見ると、顎下から腰くらいまで伸びていたはずの髪は消えていて、ケープがあるだけになる。

「本当によく伸ばしましたね」

 美容師さんと他愛のない会話をして、ドライヤーで眠くなるまでがセットだ。そして終わりぎわ、美容師さんはいつもこう言って見せてくれる。

「こんなに切りましたよ」

 一瞬小さな黒い動物がいるのかと思った。でも、よく見ると、ただの床に散らばった髪の寄せ集めだ。
 アレが、ほんの数時間前まで、私の一部としてあったのだった。

 でも、今は。

 私は、黒い塊に視線を落とす。

 箒で掃かれて、ゴミを吸い上げていく。

 毎日、あれだけ手間をかけたのに。
 美しさのかけらもありはしない。
 
 そんな思いに浸って、私はそっと口端を持ち上げる。

 そう、この瞬間がたまらなく好きなんだ。私は。