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甘いは甘い

足首まで隠れる白いワンピース。
 赤いマフラー。
 それがここでの正装である。
 男女問わず。

 僕も男ではあるが、それを身に纏っている。
 最初は戸惑ったが、ガタイの良い男性もピッシリときているものだから、気にも留めなくなっていた。それに、身体の線が出るタイプのワンピースでも無い。

 目を閉じ、口を開いて、思考を放棄し、だだ唱えた。

 「甘い」

 ただ、それだけ。

 甘さを感じた順に、白ワンピースの誰かが部屋を後にする。
 僕はいつも一番最後だった。
 甘さが与えられるのが遅いのか、彼の味覚が足りないのか。
 原因は不明である。

 そして、今日はわからなかった。その事にため息をついていた。

 「大丈夫です。どんなことでも最初からできる人なんていませんから」

 甘配者の彼女が声をかけてきた。

 「でも、本当に何も感じないんです」
 「感じようとしすぎるからです。例えばチョコを食べる時、貴方は甘みを感じなくては、そうは思わないでしょう?」

確かに、チョコを食べる時はそうは思わない。
それどころか甘いなんて感想を抱かない時もある。カカオの香りとか、ナッツが入っているだとかいないだとか。でも、チョコは甘い。

 「……でも、もう一週間です」
 「時間は、かかるものです」

 そうは言っても、不安だった。

 「本当に、全てが甘みになるのですか?」

 僕の問いかけに、彼女は頷いた。

 「今だって貴方は甘みを感じているはずです」
 「今、ですか?」

 甘いものは食べていない。甘い香りもしていない。
 なのに甘いだなんて、感じれるわけがない。
 丸メガネの奥で、女性の黒い瞳が揺れた。

 「では、甘いとはなんでしょう」
 「甘い。砂糖とか、チョコとか」
 「それは甘い食べ物とされているものです」
 「そうですけど、甘いってわからなくないですか」
 「その通りです。甘いは貴方が思っている以上に複雑で、それでいて全てのものに含まれています」

 彼女はそっと口端を上げた。
 長い黒髪は腰元まである。窓から差し込む光を呑んで、微かに揺れた。

 「何を感じましたか?」
 「……その」
 「それは、甘いです」

 甘い……。これも甘い?

 僕は首を傾げる。
 彼女は僕に一歩近づいた。
 前髪に隠れていた黒子がチラと見える。あまりの近さに思わず心臓が跳ね、呼吸を忘れ、目を閉じる。

 口に中に広がったのは微かな痛みと、鉄の味だった。けれど、それがどうしようもなく

 「甘い」 

 彼女の唇がそう紡いだ。
 そう、どうしようもなく甘かった。
 
 僕が感じたのは、痛みではなく甘い。
 苦いではなく、甘い。

 彼女はひどく綺麗な笑みを浮かべた。

 次の朝目が覚めた。
 少し眠い……いや、少し甘い。

 満員電車の熱に吐き気がした。いや、甘い気配を感じた。

 仕事で沢山ミスをした。
 心臓が硬い箱に押し込められて、甘かった。

 くたくたに、甘くなって。
 甘いように布団に吸い寄せられ、甘いになった。

 次の集会の日、僕が出て行ったのは最後ではなくなった。

 「おめでとうございます」

 彼女の甘い声が脳に響いた。