おじさん
窓から入り込む陽の光は柔らかい。
机に映り込むおじさんの影は、今朝僕が焦がしたパンよりも黒い。
影の端の方は木の色と混ざるんだなと、僕はぼんやり思った。
おじさんの指先がそっと本のページを捲る。表紙には、文字が書かれている。
「おじさんは、なんで本を読んでばかりなの?」
おじさんは本から顔を上げることはなかった。
彼はそばにあったカップを手に取り、影のように黒い液体を一口含んだ。
「そうだな」
おじさんは口元に弧を描く。
「おじさんはね、文字を読まないと怖いひとに食べられちゃうんだ」
彼はいつもこうだ。いつもというか、時たまか。
誰にでもわかるような嘘をつく。
だから僕はいつものように返した。
「何、その嘘」
「本当だよ」
「本当なら、共食いになっちゃうじゃん」
「そうそう。怖いよね」
怖いっていうくせに、楽しそうに話すおじさん。
「もっとマシな嘘ついてよ」
「そうだなぁ、なら鳥に食べられちゃう。とか?」
「鳥は人を食べないよ」
「鳥の口の中は見たことあるかい? あれはきっと人を食べるよ」
「見たことないけど、牙とか生えてなさそうじゃない?」
「牙は生えてないよ。鳥の口の中はね、とあるところに繋がっているんだよ」
人を食べると言ったり、繋がっていると言ったり。
話がどんどん転がっていく。うーん、振るたびに模様が変わるサイコロとか。
おじさんのこのよくわからない話をどう表すのがピッタリか、僕は最近それを考えたりしている。
こうやって僕が黙って考え込むと、彼は僕を見てこういう。
「……空飛ぶ、くらげの話だったっけ」
「違うけど」
おじさんのいうことは、よくわからない。
でも、なぜかいつも。
楽しそうだった。