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ようこそ!

カビ臭っさ。鼻イカれそう。
 それに、さっむい! 布団どこ……。

「ハジメくん! じゃなくて、創造主様! いつまで寝ているんですか!」

 甘い女の子の声が耳をつんざき、視界が白んだ。テレビつけっぱで寝たのか?
 顔を引き攣らせながら身体を起こす。
 最悪の目覚めだ。こっから仕事とか、マジ勘弁願いたい。

 ようやく目が慣れてきた、はずだった。

 薄暗い空間の中、天井から柔らかい光が少女に降り注いでいる。
 腰まで伸びた白い髪に、透き通るような白い肌に、赤い目。
 典型的なアニメ美少女が、そのままそっくり出てきたみたいだ。

 ……が、彼女の表情を見てゾッとした。浮かべる笑みがあまりにも綺麗だったから。綺麗すぎて、まるで作り物のようなんだ。

「異世界へようこそ! 創造主様」

 ……なーにいってんだ、この子。
 異世界? 創造主?

 俺は辺りを見渡した。この暗がりにカビ臭さ、異世界というよりもお化け屋敷の方がしっくりくる。
 そうなると『なんでお化け屋敷にいるんだ』って話になってくるが。
 俺は家のベッドで寝ていたはずだし。

 頭が整理されていくと、ますます彼女が不気味に思えてきた。

 ゆっくり視線を戻すと、彼女は大きな目をぱちぱちとさせた。
 首をコテっと傾げ、人差し指を頬に当てる。
 そして手を打つと、再び両腕を開いてこう言った。

「異世界へようこそ! 創造主様」
「なんでまた言ったんですか?」

 彼女は恥ずかしそうにムッと口を尖らせる。

「聞いてたなら、反応してくださいよ!」

 両手をブンブンと振りながら、俺に文句を垂れる。かわいいけど、圧が強い上、理不尽だ。

「すみません」
「口先だけの反省なんていりません!」
「土下座ですか」

 膝を折りたたむと、彼女は涙目になった。

「もっといりません!」

 情緒どうなってんだ。
 俺は座り直すも、彼女はご立腹のようだ。

「もっとワクワクしてください! 『えっ、本当に異世界に転生できたの俺! 美少女ユリちゃんマジ天使!』 とか、そんな感想も出てこないんですか⁈」
「強引すぎません? というか、ちょっと古いような」
「通過儀礼です! って、古いんですか?」

 美少女の自称ユリは異世界をゴリ推してくる。
 まぁ、夢だろうどう考えても。
 大きなあくびが出た。
 場所は酷いが、美少女は美少女だ。目の保養と思っておけばいいか。
 俺が横になるとユリは騒ぎ始めた。
 だが、無視することにした。というよりも、反応するのもだるい。

 夢の中くらい、静かに過ごさせてくれ。

「寝ないでください!」

 何かが爆発する音。
 突然の浮遊感。
 背を激しく打ち付け、呼吸が止まる。
 身体が冷たいものに包まれた。

 痛っ苦し⁈
 目が痛い。息が、できない。
 水? 溺れてんのか⁈

 やべぇ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!  

 ジタバタ暴れまくった。
 ゴボゴボ変な音する。

 腕を引っ張られ、ざばんと音がした。

 ようやく、空気が戻ってきた。

※※※

 四つん這いになり、水を吐き出す。

 マジで、死ぬかと思った。

 鼻の奥まで痛いし、ビショビショだし。空気うまっ。いや、カビ臭ぇ。

 もー、最悪だ。

 咳き込みながら顔を上げると、ユリが腕をブンブン振っていた。手には宝石っぽいのが付いている杖を持っている。

「回復! 回復!」

 危ないと少し退くと、柔らかい光が身体を包む。なんか、某RPGみたいな水色のエフェクトだな。
 気だるさが嘘のように消えていった。
 にしても、こんだけの事があって目が覚めないって俺、大丈夫か?
 
「ちゃんと起きれんのか、俺」
「夢じゃないです! 異世界です!」

 また『異世界』。ため息が自然と溢れた。
 もしも、転生したら……とか数年前なら、妄想したりはしてたけど。
 このカビ臭い暗がりが『異世界』だなんて、俺は嫌だ。何も無いにしても、砂漠とか草原とか、せめてフィールドっぽくあってくれ。

 俺の様子を見てなにか察したのか、ユリはまた「異世界ったら異世界です!」と、強引に押してくる。そして彼女は俯いた。

「そうじゃないと……困るんです」

 蚊の鳴くような声でユリはいった。

 困るってなんだ?

 彼女と目が合って、背筋が冷えていくのを感じた。ユリの目に光がないように見えたから。
 笑顔も、理不尽な怒りもなく、無機質で、人間味のない仏頂面。

 まるで、人形のようだった。

 否定する言葉は自然と息を潜めた。
 沈黙が重くのしかかる。
 

 ユリは光のない目で口元に弧を描く。
 あまりにも痛々しい笑みに、良心が傷んだ。
 
 まぁ……テキトーに合わせとくか。別に夢でも異世界でもなんでもいいし。

「なんで俺、異世界にいるんですか?」

 その一言でユリの瞳に光が戻り、ぱぁと満面の笑みを浮かべた。
 これなら早くノってあげれば良かったと、罪悪感すら覚えた。

「よくぞ聞いてくれました!」

 ユリは腰に手を当て胸を張った。

「えっと……ハジメくんの……そのパワーが、この異世界に必要なんです!」

 あれだけ息巻いて、初歩的な設定も固まってないのか。
 彼女はふんっ!と、どこかやり切った顔をしているが。何一つやりきれてないぞ、それ。

「パワーってなんですか」
「ずばり! 創造パワーです!」
「創造パワー?」

 そういえば『創造主様』とか言ってたな。
 なんと話に手のひらを見つめた。別に何も変わった気はしない。

「俺は何を創りゃいいんですか?」
「なんでも! 何故なら」

 ユリはくるりと一周回り、両手を広げた。

「君は、この異世界の創造主様なのですから!」

 ユリのセリフと共に、俺はスポットライトに照らされ、視界が光で埋め尽くされた。
 草の香り、肌を撫でる風は心地よく瞼の裏に優しい光を見た。
 ゆっくりと瞼を開くと、目の前の光景に言葉を失う。

 二色の絵の具できっちりと塗りつぶしたようなギザギザ、パッキリとしすぎた空に、イラストでよく見る太陽。張り付いたような雲。
 全ての境界線がはっきりしすぎていて、その線の太ささえ安定していない。まるで幼い子どもの落書きに飛び込んだかのようだ。
 色が目にうるさすぎて、思わずこめかみのツボを押した。

「なんか、ちゃっちくないですか?」
「それは創造主様の想像力がちゃちぃからです」

 当たり前だと言わんばかりに返された。何故、唐突に貶されなければならんのだ。
 ユリは俺に構うことなく、人差し指を立て説明し始める。

「ここは君が想像したものが、そのままえいやっと創られていくんです。例えば、割り箸を思い出してください」

 何故に箸。彼女の言葉に従って、何の変哲もない割り箸を想像してみた。
 おてもとって書いてある紙の中に割り箸か1膳。
 すると、俺の目の前にぽとりと何かが落ちてきた。

 それは、紛れもなく、割り箸そのものだった。

「さすが、創造主様! ほぼ毎日使ってるだけありますね! 割り箸の創造に成功です!」

 ユリは大袈裟にパチパチと拍手をする。
 成功は成功らしいが、割り箸でそこまで盛り上がれない。
 試しに割ってみれば、とんでもなく偏ってしまった。

「下手くそですね!」

 ユリが元気にいうが、さすがにイラッとした。

「では、異世界っぽいアイテムを創造してみましょう!」
「最強の剣とか?」
「ド定番でいいですね! じゃあ想像してみましょう!」

 ……まぁ、いいや。

 えっと、手に持つ部分と、刃の部分。刃はなんか凄そうな鉱石で出来ていて、大地をも切り裂くみたいな。十字になってるあの部分に、凄そうな宝石が埋め込まれてて、魔力が無限に入ってる……とか。今度はごとっと重そうな音が聞こえてくる。

 目の前には、境界線がぶっとくふにゃふにゃとした剣があった。赤い宝石が埋め込まれている。

「流石です! 創造主様! 最強の剣も創造に成功しました!」
「……威厳も何もなさそうなんですが」

 手に持ってみれば羽根のように軽かった。鞘から取り出せば、光に受けてきらんと刃が光る。こんだけふにゃふにゃなのに、鞘に引っ掛からないのは物理的におかしくないか。

「最強の剣で何しますか? 世界征服ですか? ドラゴン退治ですか? 経験値稼ぎですか? それとも誰かに自慢しちゃいますか?!」
「ちょっとずつスケール小さくなってません?」

 彼女が話しながらグイグイと来るもんだから俺はその度に、グイグイと後退していった。正直、何したいとかなんも考えてなかった。でもまぁ、異世界転生と言ったらやっぱり

「俺TUEEEEしたい」
「いいですね! じゃあ早速俺TUEEEE第一弾かいっまく!」

ピギャグギャー!

 彼女の合図とともに何かの鳴き声が辺りに響き、俺の目の前に飛び出した。
 目はぎょろりとでかく、上下アシンメトリーにくっついている。焦点もあっていないし。身体はぬちゃぬちゃとしている。
 絶っっっっ対、触りたくない。色んな絵の具をぶちまけて中途半端にぐちゃぐちゃにしたみたいな色をしていて不気味だ。
 しかも俺よりずっとでかい。見上げると首痛くなるくらい。
 恐ろしさのあまりに竦み上がる。

「ふぁいとー!ですよ!」

 人間ってマジで怖い時、声すら出ないんだ。なんで今、体験すんだよ。
 汗が穴という穴から吹き出して、手がバカみたいに震えている。
 膝もガクガクだし、呼吸がおかしい。

「うわぁぁあー!!!」

 情けない掛け声とともに、振りかぶるも、距離を見誤りモンスターに刃は届かなかった。

「あ、やったわコレ」

 俺の独り言の少しあとに、遅れて斬撃が飛んでいく。凄まじい破壊音が鼓膜を劈き、視界が消し飛んだ。暴風が発生し、身体が吹っ飛ばされる。何かに体を支えられた。

「大丈夫ですか? ハジメくん」

 ユリの背には大きな白い翼があった。その見た目も相まって、天使のようだ。
 随分と高いところまで飛んでいるようだ。というかどんな威力だよこの剣。
 手に持った剣に視線を向けると視界の端に、燃えたぎる何かが映り込む。
 地面を見るとそこには大きな地割れがあった。その隙間から赤いマグマがドロドロと煮えたぎっているのが見える。

「すっご…」

俺の情けない声が静かに響いた。